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2025年09月11日
2025年度「広島平和の旅」旅の様子
開催日/2025年8月4日
8月4日(月)~6日(水)の日程で、2025年度広島平和の旅を開催しました。旅の中で学んだことをレポートします。
1日目 8月4日(月)
【室内碑めぐり】
生協ひろしまの平和ガイドの新谷美樹子さんより、スライドをもちいて、遺構や慰霊碑などについての学習会プログラムに参加しました。若い世代や、子どもも多く参加していました。
「平和の時計塔」や「しま外科病院」や「原爆供養塔」「韓国人原爆犠牲者慰霊碑」「原爆の子の像」「原爆犠牲者ヒロシマの碑」「平和の灯」この平和の灯は、消されることはありません。この灯が消えるのは、核兵器が世界中からなくなったら消えるということでした。
約1時間の学習会の後、参加者からの質疑・感想では、「核兵器廃絶について若い人が語り継ぐことは大事だと思うが、自分の身近では意識が薄いと感じる。なぜガイドをはじめたのか?若い世代に語り継ぐ方法を教えてほしい」といった質問や、折鶴再生紙についての質問などが寄せられていました。
【被爆の証言】
山田寿美子さんによる、「被爆の証言」をお聞きしました。
山田さんは2歳の時に被爆され、ご両親を亡くしました。被爆・戦後80年を迎え、被爆者が戦後をどう生きてきたかを伝えていかなければと思い、証言活動をされているそうです。
被爆者であることを言えずに苦しむ人が多く、手帳の取得が高齢になってからのケースもあるといいます。戦争孤児としての苦労や、国からの支援がなかった現実も語られました。山田さんは「核兵器が使われれば地球規模で何億人も死ぬ。過去の話ではなく、今の問題として考えてほしい」ということ、「若い世代が被爆者の声を聞き、核兵器廃絶に向けて行動することが大切だ」と語られました。質疑応答では、被爆者差別や生活の厳しさ、心の傷が癒えない現実も共有され、語り継ぐことの意義が改めて強調されました。
終了後の質疑・感想では、「ヒロシマならではの高齢者の被爆者の苦労を教えてほしい」と質問があり、「被爆者手帳があると手当や治療費が無料でいいよね、と言われるなど、被爆者差別がある。なので、被爆者は隠さざるをえない。それも苦しいことです」と言われていました。また、「80年経っても心の傷がいえず今も苦しんでいることが伝わりました。若い人に何を語り継いでいくことが必要だと思いますか?」との質問に、「広島市民でも被爆体験を聞いたことがない人は約36%もいる。若い世代が被爆者の話を聞いて、世界へ広げるなど若い人たちが核兵器廃絶に向けて頑張ってほしい。継承してほしい」と話されていました。
「今日のお話を聞いて、当時の記憶はなくても、その後の生活を語ることも被爆者と同じだと感じた。核兵器はいらないと思う」などの感想がありました。
生協ひろしま碑めぐりガイドの会の案内で、平和記念公園内の主な遺構や慰霊碑を見学しました。最初に訪れたのは「被爆者が描いた原爆の絵」11号碑で、これは1945年8月6日の広島の様子を描いた絵を、描かれた場所に返すとりくみの一環として、被爆・戦後80年の今年、エフコープをはじめとした全国の生協からの募金により19年ぶりに建設されたものです。核兵器廃絶と平和の実現への強い願いが込められています。その後、原爆死没者慰霊碑や原爆ドーム、平和の灯などを巡り、最後に広島平和記念資料館を見学しました。
2日目 8月5日(火)
【おかあさんの被爆ピアノ】
2020年に制作された映画「おかあさんの被爆ピアノ」を視聴しました。
被爆ピアノは、爆風や飛散したガラスによって損傷を受けながらも、調律や修理によって音色を取り戻したピアノです。ご自身も被爆2世である矢川さんは7台のピアノを管理し、各地の演奏会に貸し出しをされています。「広島で生まれ育った方は、ずっと被爆者としての使命を背負って生きていく」という苦悩が描かれた映画でした。
【虹のひろば】
第1部:虹のステージ
広島修道大学ダンスサークルで始まり、広島市長・長崎市長挨拶、日本被団協報告や被爆の証言、県内高校生の平和活動の紹介、こども平和宣言、虹のひろば合唱団、安田女子高・大の書道パフォーマンスがありました。
第2部:みんなのひろば
全国の生協や各団体の展示、平和のとりくみの紹介や体験ができるブース出展などがありました。高校生が被爆者から直接、話を聞きながら書いた絵はとても印象に残りました。
みんなのひろばには、毎年エフコープからも出展し、「被爆体験証言集 つたえてください あしたへ……」の配布・展示を行っており、組合員家族にも協力いただき、約300冊をすべて配布しました。
「昨年、来たときは証言集がなくなっていたため、今年は早めに来てもらいに来ました」との声も寄せられ被爆体験証言集の関心の高さをあらためて実感しました。
虹のひろば終了後、原爆の子の像にて、組合員より寄せられた千羽鶴を献納しました後、広島平和記念資料館も見学しました。
3日目(8月5日)
【広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式に参加】
8時開式で始まった平和祈念式典には、今年は被爆・戦後80年という節目ということもあり、被爆者や遺族の代表をはじめ、過去最多となる120カ国と地域の大使などを含む、およそ5万5,000 人が参列しました。子ども代表の「平和の誓い」では「One Voice。たとえ一つの声でも、学んだ事実に思いを込めて伝えれば、変化をもたらすことができるはず」「被爆者の方々の思いを語り継ぎ、一人ひとりの声を紡ぎながら、平和を創り上げていきます」と力強い言葉で参加者へ投げかけていました。式典では、広島で被爆し、この1年に亡くなった方、死亡が確認された方あわせて、4,940人の名前が書き加えられ、34万9,246人の原爆死没者の名簿が納められました。全国の被爆者の平均年齢は今年86歳を超え、初めて10万人を下回り、被爆体験を聞くことは次第に難しくなってきていることを、改めて実感しました。
【広島市内の碑めぐり】
一日目の「生協平和のまち歩き」でガイドしていただいたいた方に案内をしていただき、旧大正屋呉服店、本川小学校、旧日本銀行広島支店、袋町小学校を回りました。
本川小学校は爆心地に最も近い小学校で、児童約400人・教職員十数名が犠牲になりました。焼け残った校舎の一部が現在でも平和資料室として開放されており、たくさんの資料が展示されています。また、旧日本銀行広島支店は、被爆3日後には営業を再開し、被爆後の広島を支えた銀行であることを学びました。
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