第30集 つたえてください あしたへ・・・・・・
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どうしてもそんな気きも持ちになれなかったのです。一九四五年ね、当とじ時、私わは十三歳さ、女じ学校一年ねい生でした。広ひま島県けと山やち口県けの境さにある大おけ竹町ちうから一時じん間ほどかけて、広ひま島市しい内の広ひま島第だ二高こう等女じ学校に通かっていました。八月が六むか日、あの日ひは雲くと一つない日に本晴れでした。朝あ七時じ前まの汽きゃ車で広ひま島に向むかいました。その日ひ、授じう業はなく、広ひま島駅えの裏うわ側にある陸りん軍の東練れ兵場へ草く取とりに行いくことになっていました。練れ兵場とは兵へし士に対たして必ひう要な訓くん練をする場ばょ所です。そのため遅ちく刻してしまい、集しう合場ばょ所に着ついたころには、みんなは目も的地に出でかけていました。ほとんどの生せと徒が裸はし足で作さう業していたため、私わも裸はし足になり行いこうとした、その時とです。〝ヒューン〟という不ぶ気味な音おがして、あたり一いん面真まっ白しい煙けに包つまれました。と思おいます。裸はし足のままでした。④③ときみろつなえくだもなきつたねたつわろかきろごぎくしだいだきこしかしいいいしきさばんほいつえさしなかいよいうんんんょ朗 読 者 朗 読 者 ゅぎょんぺいじょうろしちゅ途とう中、広ひま島の近ちくで空くう襲警けう報になり、汽きゃ車が停てし止しました。くしんち爆ば心地から約や二キロの場ばょ所です。った一いい体どれくらいの時じん間だったかわかりません。気きがついた時とは右み半身が黒くく汚よれ、モンペの右み側がは焼やけてなくなっていて、足あび首のゴムだけになっていました。熱あいとか、痛いいとかいった感かく覚もありません。むり白しい煙けが消きえ去さるまで、しばらくの間あ、気きを失っていたのでしょう。んぺいじょう練れ兵場から皆みが変かわり果はてた姿すで帰かってきて、各かじ自解かん散となりました。私わしは姉あの嫁とぎ先さが広ひま島市しい内の段だら原という所とにありましたので、そちらの方ほう向に向むかって行いったたしょがっこうろしろしもひらがろしんれつよいほうしゅゅうごぎょしくんかいだがたんばろしんせろしょがっこううとくぐひがしんぺいじょうたしちめうしないさころまぐかいろしくてきちむりぎはんしんうこおた65

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