第26集 つたえてください あしたへ・・・・・・
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朗 読 者 朗 読 者 ③②①らかおがかいたろきれがつもまいくそいるぜうろねがいんくるいがねれにいえねふいんいちはたうこばちむいつんいむ う朗 読 者 (先生の声)ょうわ昭し 和十八(一九四三)年ね、私わは広ひま島女じ学院の三年ねい生、十五歳さでした。んそっしょ当とじ時は戦せう争一いく色でした。自じく宅は爆ばん心地ちから一キロほどの広ひま島市し雑ざ魚場町まにんそ兄あはすでに戦せう争に行いっていました。私わより十歳さ上うの姉あは結けん婚して、被ひく服廠しいたょう病び院いで医いし師、二歳さ違ちいの姉あは女じ学生、弟おとは中ちく学一年ねい生でした。ゅぎょょがっこう女じ学校の授じう業は午ごん前中ちだけ、昼ひからは勤きう労奉ほし仕でした。この頃こは労ろ働力が不ふく足して、学がと徒動どん員といって、中ち学校以いう上の生せと徒や学がい生にも働はくことが強き制せされていました。らあ長ない洞ほな穴に大おきな機きい械が並なんでいました。機きい械一台だに二ふり人がつき、交こい替でろしたしんぜゅうういんせうじょろしょがくいんくしたしうじょたらょがくせいとうゅうがんろゅうがっこうじょうじょょうげんせろしいかっこんせくせいぐょううどうりょくたらょううじょうた一九四五年ね八月が六むか日広ひま島・・・木きら村敬けこ子さんの証しん言です。木きら村さんは当とじ時十七歳さでした。ありました。父ちは戦せん前に亡なくなり、母はときょうだいだけの生せつ活でした。という兵へい隊さんの衣いい類を作つる工こう場で働はいていました。六歳さ違ちいの姉あは呉くのある日ひ、いきなり先せい生から言いわれました。「あなたたちは荷につ物を包つんで、今いから工こう場です」そして、呉くの先さにある広ひの工こう場に行いきました。そこは海かん軍の工こう場で、長ない33
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