第26集 つたえてください あしたへ・・・・・・
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暮くらしをも奪うっていきました。人ひの命いを何なとも思おわないのが戦せう争です。人にん間と人にん間、国くと国くとの戦たいです。どんなことがかになっていきました。あってもそれだけは、してはいけないと思おいます。しょう。しかし、なぜだか、人にん間の心こは後こい退している気きがします。が、それを平へき気でするのが人にん間です。それを止とめるのか、やめさせるのか。しっかりと今いからの若わの者にゆだねます。戦せう争をしてはいけないということを、後こい世につたえてください。んばんそ戦せう争は、原げく爆で多おくの人ひの命いを奪うっただけでなく、日ひび々のんげんそんげんざった現げい在、科かく学が発はつ達し、これからもどんどん発はつ達していくでころ人ひが人ひの心こを殺こすというのは言こば葉にすると簡かん単なようですのちのちたかうたんげころんげかもうせったんたんそた。私わたちが知しっている、あるいは学まんできた戦せう争は、イメージや漫まが画、アニメの中なの物もり語のひとつにすぎず、実じい際にお話はをお聞ききして、実じ体験を耳みにして初はめて気きづ付くことや、発はん見することが多おかったです。特とに、原げく爆の印いう象だったり、当とじ時の生せつ活(主しく食、服ふう装等な)は、今いの時じい代から想そう像してみようとべた貴きう重な体たん験になりました。はたくさんのことを学まびますが、人ひと々と社しい会、幸しせ(福ふし祉)との繋つがりを歴れし史も含ふめて考かえていくと、そこには紛まれもなく過かこ去の戦せう争が存そい在していました。 『日にん本に原げく爆が落おとされた』という事じつ実は、何なん年も前まからした。しかしながら、その必ひ要性や重じ要性を果はたして当とじ時のました。歴れし史と今いを学まぶ中なで、その不ふん安がつかえになり、もどかしさを感かじていました。そのもどかしさを払ふく拭したいとんそ戦せう争の悲ひん惨さや平へわ和の尊とさを、深ふく考かえた経けん験になりましたしったいけんくそいかゅしょ思おっても、容よい易なことではありませんでした。当とじ時の日にん本のんば原げく爆という歴れし史だけでなく、生せつ活との関かわりも関かん連付づけて学まいけちょたしんざいがくせい私わは、現げい在大だ学生で、社しい会福ふし祉を勉べう強しています。大だく学でんそんざんばっぽんざ変かわることなく存そい在し続つけていたものだと思おいます。それをょうがっこう私わしたちは、小し学校や中ち学校の平へわ和学がう習という形かで学まんできま私わしたちが理りい解できていたのか、という部ぶん分に不ふん安を感かじていうとんがのがたんしょんばいかゃかんきょとびんがゅうがっこうくしゅゅうようせいつようせいいけんそっさなしっけうぞっぽんれいがゃかあわんねじえづもうたいなかたぶあんんかなまきあまい ろとととも がににばとんも とおばくきなぎなく くきかなうもうどまだくおうみじかんな いさかたちっしょお話はなしをお聞ききして19
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